2011年8月30日火曜日

スタイリッシュであるためにいつも新しい服を買う必要がない!

はろ~。
クライアントへの報告書をやる気力が全っ然湧いてこず困っている○○です。

今日はマーケティングのお話です。
色々なマーケティング方法があると思いますが、やはり今はウェブマーケティングがとても大事だと思います。
マーケティング大国のアメリカはやはり進んでますね。

有名なのがeepybird.com です。
みなさんもこの映像を見たら絶対知ってるはず。
ダイエットコークにメントスキャンディをいれると3メートル以上も噴き出すというもの。

メントスのメーカーのペルフェティ・ファン・メレUSAのマーケティング担当副社長ピート・ハーリィはきちんとウェブ上のメントスの動きをみていて、きっちりこの映像もおさえていた。
そしてこの映像をどれだけの人が見ているか、つまりこのバイラル現象をきっちり追っていた。
彼はこのバイラル現象を後押しする行動を取ったんですね。

例えばメントスのサイトにeepybird.comのリンクを貼ったり、eepybird.comのグローブとボルツにも連絡を取り、一緒にテレビ出演もした。
常に自分のブランドがウェブ上でどう言われているかを把握し、バイラル現象が起きているときは、それを上手く利用することが大事なんですね。

さて前置きが長くなりすぎましたが、今日のタイトルはSheena Matheiken(シーナ・マテイケン)の一言、「もし想像力を働かせて個性を大切にするのならば、スタイリッシュであるためにいつも新しい服を買う必要がない」から。

みなさんは彼女をご存知ですか?
インドに学校を建てる寄付を集めるため、
1年間同じブラックドレスを365通りのコーディネートで着こなし、毎日ブログでスタイリングを掲載し、世界的に話題を呼んだのです!

とても良い寄付の話であると同時にこれは素晴らしいマーケティングだなぁと思います。
彼女がこのブログを立ち上げるとたちまちNew York Times, The Guardian, CNN, BBC, Times London, LA Times, MSNBC, NPR, PBS, Vogue, Elle, Glamour, Marie Claireなど数々のメディアが取り上げたのです。
 そしてサイトを見た人から集った寄付金の総額は、たちまち1年で総計は10万3374ドルとなったそう。

メントスやこのSheenaのように斬新なマーケティングを思いつければと思いつつ
日々仕事に集中できない◎上でした。

彼女のスタイルブック「NY流 シーナのブラックドレスで365日」は8月26日(金)、メディアファクトリーから発売されました。
fashionsnap.comでも紹介されてます。
是非みてね。

そういえば昨日29日米国務省で29日に行われたヌーランド報道官の定例記者会見で、野田内閣誕生に対し、この数年間で何人目の日本の首相になるのか質問され、報道陣が苦笑していたとか。。。http://goo.gl/quHaN

内海 桂子

どうも金曜からアホな社員がブッチしていて想像の中で彼の顔をボコボコにしている溝○です。
前回からどうも暴力的ですみません。
金曜からブッチしている彼。大事なTシャツサンプルを持ったまま失踪中。
そんなアホが何と日曜にビーチパーティーに行っていたことが発覚!
さすがに私の同僚が家まで行くことになりました。
やさしくておもしろすぎる部長と外出した帰りにいくことになったんですが、
部長が出ていくときに「○山君と一緒に○○の家に火をつけてきまぁす♥」って言ってました。
その部長本当面白いエピソード満載なんで今度彼について書きますね。

そんな世紀のドあほのtwitterアカウントはこちら♥
なぁんてブラックジョークはこの辺に。

さてさてタイトルの内海桂子ですが、みなさんご存知ですか?

1921年9月12日、おんとし89歳の東京都出身の芸人(元漫才師)であります。
web marketingに非常に興味のある私ですが。
なんと内海師匠はtwitterアカウントをもっているんです!
フォロワーは46,010!!!
頭があがりません。

ちなみにwikipedia(ウィキペディア)によるとtwitterを始めたのは2010年からだそうです。
88歳にしてtwitterスタートとはなんともスゴイ。

プロフィールが最高に面白い。
「大正11年生れの漫才師です。体の右側はゲタ骨折、大腿骨折、右乳がん、右手首骨折、右目緑内障と大体やられています。でも舞台で踊りもしています。」
最後の一文の「でも」の使い方が何とも絶妙であります。


 調べていたら今月頭に肺炎で入院したそう。
心配になって最近のつぶやきを検索してたら
「 内海桂子
今日は病院で定期検査を受けた。採血で自分の真っ赤な血が ドンドン出てくるのを見て、そういえば最近生理で下着を汚す事がなくなったわねって看護婦さんに言ったら彼女が思わずプッてふき出して普通は50代でそう ゆうのはなくなりますよって。考えてみると私はいつ無くなったのか気付かなかったわね。」
なんておちゃめなつぶやき。笑
いつまでも元気でいてほしいものです。

さて野田内閣が誕生しましたね。
今後どうなるか注目ですね。
では股。

2011年8月25日木曜日

座りすぎは健康に支障をきたす?!

今日も仕事を連絡なしでブッチしたあり得ない後輩を想像の中でポカスカジャン(死語)しまくってる○上です!
さて、タイトルにも書きましたが座りすぎの生活を続けると寿命が縮まるって知ってました?それもイチジルシク。。。
米ペニントン生物医学研究センターのマーク・ハミルトン博士によると
「筋肉は、馬の死体のような反応しかできなくなり、筋肉の動きを伝える電気現象が減退する」んだそう。
更に、新陳代謝の機能を「大きく」損なうんですって。
9時間以上座ったまま仕事をしていると兼公は損なわれ、その後ジムに行こうがソファーに転がろうがあまり関係ないと、米国メイヨー・クリニックのジェイムズ・レヴァイン医師は言っているそう。
ってソンナ!!!
米国ガン協会が約12万人を対象に行った調査によると、一日に6時間以上座る人は、3時間以下しか座らない人に比べて何らかの病気で死亡する確率が男性で20%、女性では40%(?!)高くなったですって!
ひゃだっ!
そんなこといったら日本人の大半が危機に瀕してるじゃない。ヒンヒン。
てなわけで今日はここまで。
後味悪くてごめんあそばせ。
でも一日3時間以下しか座らない人って
美容師さんとか、アパレルのショップ店員、キッチン、ホールスタッフくらいよね。
3時間以下って難しい!
では、また気になったオモシロ記事をあげます。
あ、昨日かの有名なAppleの CEO Steve Jobsが辞任しましたね。
Appleは今後どうなるのでしょう。
Fun to Watch!





2011年8月8日月曜日

開発援助の今後 わたしたちの役割

こんばんは。
今宵も、加藤の時間がやってまいりましたよ。
新橋系ヲタさぼりんパニパニ加藤って自分で呼ぼっかなって思ってます。
好きなアニメは妖怪人間ベムと、ど根性ガエルです。

さて、最近はアメリカの財政赤字問題が大きな話題でしたね。
ここ2週間ぐらいニュースで見ない日はなかったぐらいです。
結局債務上限の引き上げをしたもののやっぱり国債の格付けランクが下がる結果でしたね。

でもこんな小難しい話題はちょっとおいておいて、財政赤字克服のために米政府では社会保障や医療関係費削減をしたり増税するかどうかの議論が上がっています。

これがもし日本で起こっていたらどうでしょう?たぶん大体の人はそんな厳しい政策を実行する政府なら選挙で野党に投票しようというふうになるんじゃないかなと思います。

そもそも社会保障サービスや増税がわたしたちの生活に大きな影響を及ぼしたり、その政策内容によって与党が批判されたりするのはなぜでしょうか?それはわたしたちが納税する側であり、同時にその税金を財源とする行政サービスを受ける側であることが理由だと思うんですね。払っている意識がある分、払う量やその使い道に関心を持つのは当然ですし、うまく使えない政府与党ならば選挙で不支持の意思表明ができますね。

では逆に納税側とサービスを受ける側が一致しないことってあると思います??

あるんですね〜。

もう〜私の興味のある分野の話題ばかりで申し訳ないですが、政府開発援助(ODA)がその一つです。わたしたちの税金が財源になっていますがサービスを受ける側は途上国の国民のみなさんですよね。わたしたちじゃないんです!サービスを受ける側が私たちではないので政府がどのようにお金を使っているかや、その効果について関心が薄くなるのは当然のことだなと思うんですね。しかもODA予算がどう使われているかは相当気合いを入れて調べないと分からないことですからわざわざ調べるのは面倒だなって思いますよね。極端な場合だと開発援助なんてわたしたちの生活に関わりがないし世界的な財政危機や金融危機の状況の中で日本の予算も厳しいし他の国を助ける余裕なんてあるのかって思うかもしれませんね。

さてここで今日の本題なんですが、この納税側とサービスの受け取り側の違う複雑な開発援助の将来について考えたいと思います。

わたしたちの社会を大雑把にまとめて、政府/市場/市民社会から成り立っていると考えます。3つはお互いに深く関わりあっていますね。例えば政府は市民社会にサービスを提供し市場に必要があれば金融政策で介入します。市民社会は市場活動に参加し、政府には納税します。ここで注目したいのは市民社会です。つまりわたしたちですね。

市民社会の活動の一つにNGOやNPOがあります。
彼らの活動は様々ですが今回の東北震災でも迅速な救護や復興支援でとても大きな役割を担っています。

国内だけではなくて国外でも貧困問題や人権問題に取り組む団体がたくさんあります。
同じ開発援助をする場合でも政府が行うのとNGOやNPOが行うのを比べると、私たちが親近感を持ってしかも参加しやすいのは後者ではないですかね?
政府の場合は国の予算なので規模が大きいので大規模の支援には欠かせませんが手続きが複雑であるのと、わたしたちがその情報にアクセスするのも手間がかかるのが欠点ですね。一方NGO/NPOは規模は小さくても機動性があり、わたしたちが少ない額から寄付ができたり直接参加できる点では情報の透明性があるし参加しているという感覚を持てるのが利点だと思います。

今後の開発援助ではODAとNGO/NPOが連携して活動することで様々な国の様々な規模のニーズに応えられると同時に、わかりやすい情報提供と直接参加でわたしたち市民も巻き込んで活動することができますね。そうるすことでODAの予算の使い道にも関心が集まり必然的に情報の透明性も必要とされてくるはずです。納税側のわたしたちが用途をしっかり把握できるのであれば、開発援助の必要性や重要性もわかるはずですし、そうすることによって政府としても国民から予算を集めやすい状況になりますよね。

政府と市民社会の連携は開発援助だけでなくてどの分野においても今後必要となることだと思います。国内でも国外でも様々な物やサービスの需要は多岐にわたるので、国が一括で配分する予算やサービスでは全てカバーできないのは当然ですね。ましてやグローバル化も進んで今後さらに需要は大きくしかも細分化していくのではないでしょうか!そうすると小回りがきいて迅速に柔軟に対応できる市民社会の役割がますます重要になると考えています。


もう夜中2時半ですよ。
さすがのパニパニも脳が限界を迎えました。脳がもう寝ようよ〜ってメッセージをわたしの体の神経に送り始めました。
ということで今日はこのあたりで。

最後にノリノリのメッセージって曲でおやすみなさい!今日ちなみに30回ぐらい聴いたのでもうそろそろ嫌いになりそうです。


・・・さぼってごめんなさい。

2011年7月26日火曜日

移民問題/テロと偏見 ノルウェーの連続テロに関して

こんにちは!!
そう、サボリン加藤です。
 日焼けしまくってアダモちゃんみたいになりそうです。

さ、みなさんももうご存知だと思いますが今日はノルウェーで起きたテロについて書きます。連続テロで多くの犠牲者が出ましたね。
今回の事件はノルウェー国内だけでなく世界各国に関わる大きな問題を内包していると思うので、そのへんを書きたいなと思います。

要点は、今回のテロの性格と、それをとりまくメディアに絞ろうと思います。

今回のテロの性格ですが犯人はムスリム移民に反対する右翼的プロパガンダを掲げるノルウェー人でしたね。ムスリム移民が西洋文明にとっての脅威だという主張は新しいものではありません。旧植民地からの移民も多いですからね。宗教や習慣の違いや、安い労働力となり現地の人の雇用機会を減らすだとか様々な理由で排斥の動きはず〜っとあったんですね。ヨーロッパで移民問題といえば、ほぼイスラム移民の問題を意味することが多いと思います。

移民問題。これは日本でも今後問題になってきますね。日本でもヨーロッパのように帝国主義の時代がありましたから、北朝鮮、韓国、中国からの移民もありましたし現在もだいたい200万人ほど外国国籍の人が日本に滞在しています。今後人口減少が予想されるので移民を受け入れて労働力として経済成長を維持しようという主張もあります。
地理的にも歴史的にも全く違うヨーロッパと日本の移民問題を比べるのはナンセンスだとは思いますが、どちらも現地の人と移民との軋轢はなかなか避けられない問題ですよね。
特にヨーロッパだとキリスト教的な西洋価値観と、ムスリムの価値観は特に大きな価値観の違いとなって問題となることが多いですね。
もう議論しつくされたトピックなのでここで挙げるのはすこしはばかられますが、サミュエル・ハンチントンというアメリカの政治学者が文明の衝突で主張するように、今後は国家や冷戦時代の西側、東側の対立よりも文明同士の対立が問題になると予見していたんですね。まさにその状況がアメリカやヨーロッパでおこっていますね。西欧文明とムスリム文明の対立は今もいたるところで顕在化しています。

移民問題に対してわたしの意見はとても流動的で、ここでみなさんにはっきりこれという意見が言えないのがもどかしいですが、必ずしも移民流入が治安悪化を招くという偏見は正しくありませんし、実際アメリカの移民が多い地域の方が少ない地域よりも犯罪数が少ないというレポートもありました。(どこで見たのか忘れたので探しておきます。)
日本は単一民族で島国で〜とかいう議論もありますが、もはや全てがインターナショナライズされている中で日本が一国繁栄すればいいというものではありませんし、実際そんなことは不可能になってきていると思います。

中国やインド、さらに東南アジアの人口を見ればもし日本政府が移民に対して宥和政策をとった場合に流入する移民の数はかなりの数になるし、何の準備もなければ社会は混乱することは当然ですね。一方、良い点もあって例えば有能な人材をどんどん日本の大学機関で教育して、将来彼らが自分の国や日本で日本の経済に貢献してくれるメリットもあります。ドイツなんかはよく中国の優秀な学生をドイツで育成して将来のドイツ国益のためのエリート育成をしてます。

さてノルウェーの事件に戻って、今回の一件でムスリム移民のヨーロッパでの問題がさらに顕在化することとなりましたね。今後ヨーロッパ諸国がどのような対応を移民に対して行い、どのような成果があるのかを見守ることは日本のこれからの移民政策を考える際の良い検討材料になるのではないかなと思います。

もう一つの要点、メディアの報道です。
事件直後、西欧メディアはテロとムスリム原理主義やアルカイダとの関わりを示唆する報道をしていました。商業戦略もあるのはよくわかりますが、テロ=ムスリムというイメージはやはりなかなか払拭できないものですね。
その後ノルウェー人のしかも反ムスリムイデオロギーを掲げる人が犯人だとわかったあとも、やはりムスリム色を捨てずにアルカイダの残虐性をまねたテロが起こっているなどと報道していました。(主にニューヨークタイムズについて言ってます。)ちょうどこの西欧メディアの報道に関してわたしがすごく共感できる記事があったので、英語ですがお時間があれば是非読んでみてください。
 ここにも西洋文明とムスリム文明の対立構造から、テロといえばなにかしらムスリム色がつきまとうメディア報道の偏見が存在するように思います。みなさんはどう思いますか?

移民問題と、テロと偏見について書きました。
ちょっと真面目でつまらない文章でしたが読んでいただいてありがとうございます!!

あ、最後にこの曲を聴いてみてください。
なんか世の中の憂いをわたしは想像してしまう曲ですがとても美しいです。

それでは、また。

2011年7月14日木曜日

カテゴライズすることの利点と問題点

こんばんは。
ブログさぼりんの加藤です。
サボリン加藤と世間では呼ばれています。

先日美容師のお友達と久しぶりに会って面白い話を聞けたので紹介しますね!

美容師さんって技術はもちろんだけどあれだけ競争率の高いフィールドで自分のお客さんをつけるには、やっぱり自分売りが大切ですよね!そこは営業マンと共通するところがあると思います。

そこでまずはお客さんが入ってきたときから服装、髪型、女性ならメイク、歩き方や座り方まで観察してどんな人かだいたい把握するそうなんです!!
歩き方まで。。。イヤンって思っちゃいますね。
足にあざとか傷があるとO型だな〜とか観察してるんですって!
ちなみに高学歴の人は待たせたらいけないとかそういうルールもあるらしいですよw

まず観察してどんな人かだいたい把握してから、初めてのお客さんであれば誰が切るのか、どんな雑誌を席に置くか、またお客さんとの会話の内容も決めるんですって。

確かに初めていったヘアーサロンでも、例えば自分がすごくクラシックなスタイルなのに担当がパンクのお兄ちゃんだったりとかって無いですよね。

美容師さんはお客さんの外見を見て、どんな髪型や色、どんなジャンルの会話を好みそうなのかまたはできればどんな性格なのかまで一瞬でカテゴライズして把握する癖がついているんですね。

わたしたちも意識的/無意識的に他人をカテゴライズすることってありますよね?例えば道を聞きたいんだけど、隣にこぎれいなスーツを着て銀の髪をきれいにまとめているおばさんと、マッチョで強面なおじさんがいたら何となく前者のおばさんの方が優しそうなのでおばさんに聞きますよねたぶん?無意識に二人を恐いか恐くないかで分類した結果です。またはよく血液型や誕生日や出身地を聞くことで性格を分類することもありますよね?(個人的にはナンセンスだと思いますが。)

でもなぜ他人を分類するかというと、ある程度自分が認識しやすいカテゴリーに相手の性格をあてはめていくことで効率的に理解しようとしているんだと思うんですね!

また別の観点から考えれば、みなさん自己同一性っていういわゆるアイデンティティーが自分にあると思います。他人との違いを明確にすることで自己を確立するという観点からすれば、自分と他人が属するカテゴリーを明確に区別したいという欲求があるのは当たり前だし、また自分自身もどこかのカテゴリーに当てはめて、それを自分のアイデンティティーのひとつにしたいという欲求があるとも考えられます。

つまり他人と自分を様々な要素にカテゴライズすることで効率的にお互いを理解しようとしたり、また自己を確立させる手段になっていたりするんですね!便利だしわたしたちに欠かせない精神的活動なのではないかなと思います。

ただこのカテゴライズが悲劇を生む場面ってたくさんありますよね?
たとえば人種や宗教や民族間の区別が様々な感情や政治的問題と結びついて偏見や差別につながり、最悪の事態では紛争や戦争が起こることも実際にありました。
みなさん1990年のルワンダ紛争は覚えてますか?ツチ族とフツ族の争いでした。しかしこの民族は植民地支配の過程で便宜的につくられたいわゆる政治的な民族で、もともとは同じ言語であるし農耕か遊牧かぐらいの違いでした。簡単に言うとベルギーやフランスが当時植民地経営をたやすくするために、ツチを優遇してフツとの対立をわざと誘発したんですね。そうすることで一国全体を支配することで全体から反発をくらうより、ある集団を優遇してその集団に支持されている方が比較的楽に植民地として維持することができたわけです。

この民族のカテゴライズは人為的なカテゴライズの極端な例ですが、みなさんに今日伝えたかったことは普段当たり前のように思っているカテゴリーは、結局は私たちが効率や自分の便宜のために作り出したカテゴリーであって、それを何の疑いもなく信じたり、カテゴリーにあてはまらないような人の性格や現象を見逃したり、またはそれらの存在を認める余地を排除してしまうのはとても危険ということです。

最後に、なかなか濃いキャラクターたちの登場する映画を紹介します!
Me and You and Everyone We Knowというタイトルです。なかなかパッとは登場人物の動きがつかめない映画です。
ちな〜みにずっと前当時つきあってた彼氏と観た映画なので個人的にこの映画には内容とは関係無くなんとなく寂しさがついてまわりますw

最後にJulie AndrewsとAndy Williamsのえ?いいの?ぐらいラブラブな一曲でおやすみなさい。

2011年7月9日土曜日

あなたの体はいくらですか?



こんばんは。
さっ、今宵も加藤の時間がやってきましたよ。

暑いですね!
今日の話題はちょっとぞっとして寒くなるかもしれません。

さて、みなさんは人体の不思議展ってご存知ですかね?
本物の人の体を特別な技術をつかって、体の水分や脂肪分を合成樹脂におきかえて保存しているものを実際に見ることができます。
一般の人々に実際にリアルな人体を見ることができる機会が与えられるようになったり、
教育や研究用に使われたりと、この技術によって多くのメリットが生み出されました。

わたしも4年前ぐらいに見にいったことがあります。
横浜でやっていて、一人で行ったら周りはキャーキャーいってるカップルしかいなくて
ちょっと気まずかった覚えがありますw そこを男らしいわたしは一人で鑑賞してましたよ。
 イギリスでも一度いきました。バーミンガムだったかな。キリスト教の影響もあって胎児の展示については見るか見ないかは自分で決めてくださいという文言があったのは印象的でした。
世界中でこの技術を使った展示会は人気だったんですね!

さて、行ったことのある方はどう思いました?
わたしは正直に本物の人だと思うととても恐かったです。
この人たちは生前どんな人だったのかなとか、どこから来たのか不思議でした。
生前にドナーとして献体に同意した方々の体を使っているとのことです。

でも実はこのドナーに少し問題があるようなんですね。
みなさんも少しネットで調べていただくと日本や海外のメディアがドキュメンタリーをつくっているので見ることができますが、ドナーが主に中国やその他の国の同意していない囚人や一般の人だという批判が多くあります。

NEW YORK TIMESは人体を加工する中国の工場の撮影をしています。
英語ですが、画像だけでも内容は結構わかりやすいと思います。
なぜ中国かというのは政治的な問題があったりややこしいのでひとまずおいておいて、
このビデオでは中国で人体を扱うビジネスが大きくなりつつあることがわかります。
しかも多くの雇用も生み出しているんですね。

人体を扱うビジネスはあまり普段わたしたちは直接目にしませんが確実に大きなマーケットです。

人体の展示だけでなく臓器移植の臓器や血液のトレードにおいて、中国だけでなくインドやアジア、中東の貧困層から違法に臓器や血液を安く提供させるという悲しい事実もあります。お金の無い貧困層は収入のために仕方なく提供せざるを得ない状況がありますね。
 
また最近は代理出産が行われることも多くなりましたが普通先進国であれば1000万以上かかるそうですがインドやタイであれば3分の1程度で済むそうです。
現地の代理母たちは普通の年収の5~10倍の収入が得られるそうです。

こうやってみてみると人体に関するビジネスは確実に大きくなりつつあるし、途上国の貧困層や人権の保護されない状況にある人々の犠牲がある一方で、雇用を生み出し貧困層の収入源になっていることも事実です。

ここでわたしには2つのジレンマがあります。
まず、人権を守らず人の体をビジネスの対象にしてお金儲けをする人がいるのは倫理的におかしいとは思いますが、その一方そのビジネスやマーケットが多くの雇用を生み出し、彼らの生計を助けていることは事実です。
2つ目は、みんな先進国と途上国の格差は無くす努力をすべきだとは分かっていますが、安くてすぐ手に入る臓器や安い代理出産の恩恵を受けているのは先進国の人々(わたしたち)で、さらにそのマーケットの需要をつくりだしているのも私たちです。

話が少しそれますが、新薬の開発でも先進国で需要のある薬はどんどん開発されるけれど、途上国特有の病気のための薬の開発はなかなか進まないんです。
先進国であれば新薬開発のために資金が集められますが、途上国特有の病気の薬はその地域でしか需要がなかったり資金を集めるのも一苦労ですね。

みなさんはこの体をめぐるビジネスと人権や倫理、先進国のわたしたちがどうそのビジネスに関わっているかについてどう思いますか?
Mo'Chotto Projectの話し合いでも一度この話題を扱えればなと思っています。



もうご覧になった方もいらっしゃると思いますが、
私を離さないで(Never Let Me Go)という映画はご存知??
Kazuo Ishiguroさんの本を映画化したものですが、臓器移植のためだけに育てられる子供たちのお話です。とても考えさせられる内容ですので本か映画を是非!イシグロさんは日本人ですがイギリス国籍で大好きな作家の一人です。



最後にその映画から一曲!土曜の夜、お家でひとりでいるロンリーなあなたへ。
このロマンチックな一曲をどうぞ。

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